第1話 フェザースターの舟

『優!ちょっとお店の手伝いしてちょうだい!帰ってるんでしょ?優?』

森沢優は目の端に何か光るものを捕らえ、窓に駆け寄った。
母のなつめの声が内線からかなりの音量で流れているが、今の優の耳には入っていなかった。
空には雲がポッカリと浮かび、その合間に明らかに雷などとは違う輝きが見えた。

「なにかな?わぁっ!」

光は家の遥か上を一瞬で通り過ぎた。

「うわ〜〜〜!!」

優は一度机に駆け寄ると携帯電話を手に取り、写真モードを起動させた。
空には相変わらず見なれない輝きがある。優はその輝きにレンズを向けたが携帯の画面には雲が写るばかりで光は全く見えなかった。

「?遠すぎて写らないのかな、、、」

でも確かに光は一定の方向に向かって、今も輝き続けていた。
優はもう一度携帯の画面を覗き込んだ後、そのままポケットに携帯を突っ込んで玄関に向かって駆け出した。

クレープ屋CREAMYの前では少年が二人。一人は本人はまだ腐れ縁としか思っていない幼なじみの優に会うだけ。片方はその優に渡したい花束を抱えてもじもじとしていた。

優は玄関でいつものスニーカーを手早く履くと、玄関の扉を開けて一気に開けた。
ドアの向こうには、幼馴染みの大伴俊夫が今まさにドアを開けようとしていた所らしく、優はその胸の中に飛び込んでしまった。後ろには友人らしい少年もいる。

「と、俊夫〜!?」
「なにやってんだ?」
「えへへ♪ちょっと!」

今の優には幼馴染みを越えた感情をまだ淡いモノながら持っている俊夫よりも、申し訳ないが今はあの光の向かう方向の方が気になっていた。

「そうそう、こいつ如月みどりって言うんだけどさ、、、」

その時、リビングのドアからなつめが顔を出した。

「優、どこ行っちゃったの?」
「あちゃ!ごめんね!」

優は玄関先に立て掛けてあった、先日父の哲夫が買ってきたばかりのキックボードを抱えて走り出し、一気に店の前の階段を下りたところで足をかけて一気に滑り出して行った。

「あっ!こら〜!待って〜!俊夫君捕まえて!」

この声に押されて俊夫と、優を追い掛ける口実が出来て満面の笑みの俊夫の友人のみどりも走り出した。

「まあ遊び盛りだ仕方あるまい。」
「…あなたの買ってきたキックボード使ってよ?」
「なっなに〜!?いつも先に使いおって!く〜!」

そんな会話が交わされていたとも知らず、優は今はそれ所ではない。坂道で一気に加速する。それでも持ち前の運動神経で目の端に写る光に確実に近付いていった。

「わっ!UFOだ♪」
「待て〜おーい!優!どこ行くんだ?ストーっプ!」

追い掛けてくる音があまりにも大きくなってきて、優はさすがに振り向いた。
見なれない自転車に乗った俊夫、なぜかスクーターに乗った警官や、パトカーまでもが
追い掛けてきている。

「な、ななんで!?」

ようやくパトカーを振り切ると、気がつくと1台のヘリコプターもがなぜか優と俊夫を追っている。でも、そのヘリはどう言う訳か、不安定な操縦で追い付きそうもないが、おかげで俊夫も振り切る事が出来たようだ。

やっと光に追い付いた場所はセントラル競馬場だった。優は勝手知ったる秘密の穴から競馬場の中に入っていった。平日でレースも何もない競馬場は人気もなく閑散としていて、少し無気味な様でもあったが、ようやく謎の光の全貌を捕らえた。その優の目に今はっきりと見えたものは、空に浮かぶ光る箱舟だった。

「わ〜!船だ〜」

キックボードを近くの柵に立て掛け、しばらく箱舟に見とれた後、優は思い出したように携帯電話を取り出すと、箱舟にレンズを向けた。が、しかし相変わらず携帯の画面には何も写らない。優はしばらく光る箱舟と画面を見直して呟いた。

「どうして、、、私絶対に見てるのに。ここに大きな船があるのに、、、。あれ?俊夫も気がついてなかった?」

携帯での撮影を諦めた優はポケットに携帯をしまうと、改めて船を見つめた。

「わ〜綺麗だなぁ、、、あ、降りてくる!、、、きゃぁっ!」

急に優の周囲の重力が変わった。ふいに優の身体事、いや近くにあるモノががたがたと揺れている。

「えぇ〜!?な、なにぃ?地震だぁ〜!?」

優を捜して競馬場内に入ってきた俊夫にもその揺れは感じられ、俊夫は近くの柵にしがみついたが、同じ頃優は宙に浮かぶ感覚を純粋に楽しんでいた。
が、その楽しい感覚も一瞬で終わり、優は再び地に足をつける事になった。

その頃、俊夫の近くの草むらでは4つの神秘的な光をたたえた瞳が、地球上の動物『ネコ』にコンタクトを取ろうとして敢え無く失敗していた。

「俺はもうごめんだね。早く船に戻ろうよ」
「そうはいかないわよ〜」

「優〜優〜!」

後ろで優を捜す俊夫の声が聞こえるが、俊夫が2匹に気がつくはずもなかった。
その時、2匹は見つけた。船に向かって呼び掛ける一人の少女の存在を。

「おーい!船の人〜出ておいでよ!お話しようよ〜」
『はいはい!』
「うわっ?ネコだぁ!しゃべれるの?」
「ネコじゃねえよ〜」
「あの〜」
「私、森沢優!はじめまして!」
「これはご丁寧に!」
「ところで、あなたはあの船が見えるんですか?」
「うん、見えるよ」
「うっそ〜!」
「見えるもん、大きなキラキラな船だもん」
『見えてる』

瞬間、2匹の瞳が輝くと優の身体は再び宙に浮き上がり、箱舟の中に消えて行った。

気がつくと優は船の中にどこか懐かしいような、だけどわくわくするような不思議な風景を見ていた。優はいつの間にか剣を持ち戦い、ドラゴンの深紅のルビーのような血を受け取った。
それを受け止められたのが試験でもあったんだろうか?
これまでの光景について聞くと2匹はやっとあの懐かしい風景について、答えてくれた。

「今のなに?」
「フェザースターの記憶です。」
「フェザースター?」
「誰でも知っているが、誰も知らない。」
「もっとも近くにありながら、もっとも遠くにある」
「なぞなぞみたい!」
「どうぞこちらへ」

優は2匹に即されるまま、船の中を進んで行った。身体は羽のように軽く、重力など全く感じていないようだった。
船の中の道はどこまでも続き、どのくらいの時間が流れたんだろうか?ようやく大きな部屋についた。初めての光景に優はものめずらしく、周りを見渡していた。と、突然今までの2匹ではない声が優に話し掛けてきた。

「こんにちは!地球人。フェザースターの船にようこそ!君にお礼をしなくちゃ」

優の足下からふわりと浮き上がったのは、この船の中に入ってからも会った事のない、でも強い存在感のある、小さなグレーの妖精ピノピノだった。

「お礼?あたし、何にもしてないよ?」
「道を教えてくれた。大きな夢嵐にあってね。恥ずかしい話だけど、フェザースターに帰る道を見失って、それを君が教えてくれた。」
「変なの。フェザースターなんて知らないのに」
「産まれる前には皆知っていた。君ならもっと色んな事を思い出せるかも知れない。」
「素敵な事?もっとお話聞かせて?」
「そろそろ時間だ。後は自分で。」
「え?私、何も知らないよ?」

ピノピノの声は少しづつ遠ざかって行った。
再び優の身体は、浮揚感に包まれた。優は船から地上へと戻される事に一抹の寂しさと、自分の中に眠っていると言うフェザースターの記憶に思いをめぐらしていた。

「優〜!」

地上では優のキックボードだけを見つけた俊夫が、暗くなってきた競馬場を優を捜して一人歩いていた。その時、再び地面が揺れ、激しいフラッシュのような光が点滅した。

「うわ〜〜っ!」

気がつくと、いつの間にか俊夫の背後には優の姿があった。

「うわぁ〜あ!優!?」

しかし、俊夫の呼び掛けに優は反応する事なく、いつの間にかコンパクトと携帯電話を握りしめたまま、すでに夕暮れ時を過ぎ、暗くなっている空の一角を眺めていた。

『お礼に君に力をあげる。君のその機械を使わせてもらうよ。1年間、その力を君は自由に使う事ができる。でも、皆には内緒だよ。いいね?』

優の心にはピノピノの言葉が聞こえていた。それは誰でも知っていると言うフェザースターの記憶に直接語りかけるような、そんな暖かい声だった。

「優!」
「なにしてるの?こんな所で」

何度目かに声をかけると、優はやっと反応したがその瞳はまだ空高く、遠くを見つめていた。

「見て。船が行く」
「船ぇ?夢でも見たんじゃないの?」
「夢みたいだけど、夢じゃない」

『2匹は君の相談役に置いて行く。1年後、与えた力が消える日にまた会おう』

こうしてピノピノは優の心にだけメッセージを残し、箱舟と共に地球を後にして行った。
いつの間にか優の手の中には携帯とコンパクトがある事に気がついてはいたが、今は俊夫もいて船も立ち去ろうとしている。

「バイバ〜イ!」

取りあえずコンパクトだけはポケットにしまい、無邪気に箱舟に手を振る優だったが、そのすぐ後ろ。フードの中では小さな抵抗があった事は、言う間でもない。

その後、俊夫に送られて帰宅した優にはなつめのお仕置きや、見た事もない不思議なネコを怪しまれたりもしたが、なんとか家においても良いと言うお許しも出た。
そして、これ以上母の逆鱗に触れないようにと、早く『力』が何なのか気になって、いつもよりも早く部屋に戻った。

優は部屋に戻ると、改めてコンパクトと携帯を並べて見つめた。パッと見の携帯の外見は優愛用の可愛いピンクのものと、変わりはなかった。
密かに隠し撮りしてあった俊夫の顔の待ち受け画面に向かってにっこりと微笑むと、優は表情を引き締め、コンパクトを手にした。

そのうちの一つを少し怪し気に見つつそっと押してみる。薄い黄色の部分が淡く光るのと同時にそこから小さなステッキが飛び出し、優の手に定められていたかのように治まった。でも、まだ優にはこれが何をするものなのか全くわからない。コンパクトの画面にも、また携帯の画面にも見なれない文字が並んでいた。

「わかんないなぁ、、、これなに?」
「何だ、そんな字も読めないのか?『キャノ』って書いてあるんだよ」

まだ何も要領を得ない優に、ネガは胸を張って答えた。

「『キャノ』?きゃぁ!!」

優のおうむ返しのような言葉に反応したのか、ステッキは手のひらサイズからバトントワリングのような大きさのステッキに変わった。しかし、優の顔にはまだまだ疑問が残っているようだった。

「ねえ?どうやって使うの?これ?」
「しってる?」

ポジとネガもなぜか不安なようだった。
優は次々と自分には解読不能な文字列を2匹に見せる。

「読めるの?」
「、、、舟の中にいた時は読めたけど、忘れちまった!」
「読めないんだ?」

優とポジの2人の言葉の攻撃に、ネガは優の手からコンパクトと携帯を奪い取ると画面を見ながら次々と新しい文字を表示させて行く。

「ねえ?私の携帯、どうなっちゃったの?」
「そうね、今まではさっき教えてもらった『電話』が出来るだけだったけど、今はコンパクトに連動しているみたいね」
「ふうん、、、どうなっちゃったんだろう?私の携帯」
「大丈夫よ。さっき俊夫君と『メール』って言うのを使えてたから、今まで通りにも使えると思うわ。どこが連動してるかは、私達がこれから調べるし」

なれない優に、ポジは優しく声をかけるがネガは相変わらず、コンパクトと携帯の画面を交互に見つつ、ボタンを押していく。

「あ!これなら読める!」
「これしか読めない!」

ポジに図星を刺され悔しそうなネガに、優はお願いした。

「読んで?」
「パンプルピンプルパムポップン!」
「それだけの文字でそんなに?」
「あ〜!疑ってるな?」
「そうじゃないけど、、、ウ〜ン」

優は呪文の言葉をもう一度ネガに復唱してもらうと、ステッキをかまえて初めてその言葉を口にした。

「パンプルピンプルパムポップン!」

辺にただようのは魔法の光ではなく、静寂のみだった。

「これじゃあ、1年立っちゃうよ!」
「ステッキの使い方に問題があるんじゃないかもしれないわ?」

ポジもネガも初めての呪文詠唱に、それらしい言葉をかけてくる。

「ん〜じゃあ、、、」

優はすくっと立ち上がると、ステッキを胸の前で交差させ、佇まいを改めた。
その真剣な様子にポジとネガも、思わず引き込まれ見つめたしまう。

まるで優雅なバトントワリングのように優はステッキを回転させ、再び呪文の詠唱を始めた。

「パンプルピンプルパムポップン!」

部屋の中を暖かな魔法の光が満ちあふれ、少しづつ優の姿を変えて行った。
その姿は近い将来の優の姿なのか?それとも、、、
それは神秘的な光を瞳に宿した、見た事もないしかしまぎれもなくもう一人の優の姿だった。
そしてステッキとコンパクトは携帯にの中に吸い込まれるように消え、待ち受け画面には優が先程まで手にしていたステッキが、コンパクトと同じ淡い黄色の中に浮かんでいた。

「鏡をのぞいてごらん」

魔法の力を手にして、その日のうちにたった一つとは言え使いこなした優に、もうネガの言葉にも棘は一つもなかった。その優しい言葉に即されるように、優は恐る恐る鏡に近付いた。そっと覗いたそこに写し出されたものは、、、。

「わっ!これが私!?」
「魔法の力、一つ覚えましたね」
「魔法なのか、、、。でも、何に付かったら良いのかな?」

窓辺から満点の星空を眺めながら、今日の出来事、これからの自分。色んな事に思いを馳せる優だった。でも、すべてはこれから始まるのである。